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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)3873号 判決

原告(反訴被告)

植竹リウ

右訴訟代理人弁護士

田中紘三

被告(反訴原告)

植竹つた

被告(反訴原告)

植竹信次郎

被告(反訴原告)

大谷和子

被告(反訴原告)

植竹勇

被告(反訴原告)

植竹勉

被告(反訴原告)

植竹政彦

右六名訴訟代理人弁護士

高橋義道

主文

一  本訴について

本訴被告らは、本訴原告が東京都台東区松が谷一丁目九番一四号所在の行安寺墓地内の植竹家之墓に収蔵されている亡植竹敏夫(昭和四九年八月二三日死亡)の焼骨を引き取り、改葬するのを妨害してはならない。

二  反訴について

1  反訴原告らと反訴被告との間において、植竹家の祖先の祭祀主宰者が反訴原告植竹信次郎であることを確認する。

2  反訴原告らのその余の反訴請求を棄却する。

三  本訴・反訴を通じて

訴訟費用は、本訴・反訴を通じてこれを二分し、その一を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)らの負担とする。

事実

(略称)以下においては、本訴原告・反訴被告植竹リウを「原告」といい、本訴被告・反訴原告植竹つた、同植竹信次郎、同大谷和子、同植竹勇、同植竹勉及び同植竹政彦をそれぞれ「被告」とし、「被告つた」などのように名前のみで表示する。

第一  当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

主文第一項同旨及び「訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

二  請求の趣旨の対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

(反訴)

一  請求の趣旨

1 被告らと原告との間において、亡植竹敏夫及び植竹家の祖先の祭祀主宰者が被告植竹信次郎であることを確認する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

二  請求の趣旨の対する答弁

1 被告らの訴えを却下する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告と被告らとの身分関係

原告の亡夫・植竹敏夫は、亡植竹寒重と被告つた夫婦の長男であつて、植竹寒重が昭和一九年一〇月一日死亡したことにより、その家督を相続した。被告信次郎、同勇、同勉及び同政彦は、それぞれ植竹寒重と被告つたとの間の次男、三男、四男、五男であり、被告和子は長女である。原告は、昭和二八年植竹敏夫と婚姻し、二人の間に長女・綾子をもうけたが、植竹敏夫は昭和四九年八月二三日死亡し、原告は、昭和五七年六月一六日姻族関係終了の意思表示をした。

2 植竹家の墳墓

東京都台東区松が谷一丁目九番一四号所在の分離前被告行安寺の墓地内には、「植竹家之墓」と彫り刻んだ墳墓がある。植竹敏夫は、この墳墓を祭祀財産として承継し、祖先の祭祀を主宰していた。

3 植竹敏夫死亡にともなう祭祀主宰者及び同人の焼骨の所有権

原告は、昭和四九年八月二三日植竹敏夫の死亡にともない、妻として、植竹敏夫の祭祀を主宰する権利及び同人の焼骨の所有権を原始的に取得した。そして原告は、右焼骨を右植竹家の墓に収蔵し、施主として追善菩提の責任を果たしてきた。

4 植竹敏夫の焼骨の改葬と被告らの対応

原告は、東京都葛飾区西水元六丁目一四番一八号所在の法林寺に植竹敏夫の墳墓を新たに建立し、その焼骨を改葬する計画を立てているが、行安寺は、施主の名義が原告から被告信次郎に変更されているので、被告らとよく話しあつてもらいたいと述べており、被告らは、原告が改葬のため植竹敏夫の焼骨を引き取るのを妨害している。

よつて、原告は、植竹敏夫の祭祀主宰者としての権利又は同人の焼骨の所有権に基づき、被告らに対し、原告が行安寺から植竹敏夫の焼骨を引き取り、改葬するのを妨害してはならないとの判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実は否認する。遺骨や遺骸は、民法第八九七条所定の祭祀財産に準じて扱われており、祖先の系譜に含まれる一員となつた植竹敏夫の焼骨についても同様である。原告は、植竹敏夫の死亡にともない原告がその祭祀主宰者となつたと主張するが、植竹敏夫が原告を祭祀主宰者と指定した事実はなく、また同人の死亡により当然に妻である原告に祭祀主宰者たる地位が移転するという慣習があるわけでもない。したがつて、原告が祭祀主宰者になつたとする根拠は、何ら存在しない。

3 同4の事実中、原告が法林寺に改葬計画を立てているとの点は不知、その余は否認する。

三  抗弁

仮に原告が祭祀主宰者の地位に就いていたとしても、原告は昭和五七年八月一六日姻族関係終了の意思表示をしたことにより、その地位を喪失し、植竹敏夫の焼骨に対する権利も失つた。そして関係者全員の黙示の合意により、被告信次郎がその地位に就いたので、植竹敏夫の焼骨についての権利も承継した。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実中、原告が姻族関係終了の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。姻族関係終了の意思表示によつて、祭祀主宰者の地位が当然に失われるということはあり得ない。右の意思表示をすることによつて、原告には、民法第七六九条所定の協議義務が生じたことは確かであるが、その協議の対象となるのは、植竹敏夫の祖先の祭祀供用物の承継であつて、植竹敏夫のみを対象とする祭祀供用物(焼骨を含む。)の承継ではない。

(反訴)

一  請求原因

1 原告は植竹敏夫が死亡した際、事実上葬儀の喪主となり、その後も行安寺に対し、祭祀主宰者として振るまつてきたが、昭和五七年八月一六日姻族関係終了の意思表示をしたことにともない、関係者全員の黙示の合意により、被告信次郎が植竹家の祭祀(祖先の系譜に含まれる一員となつた植竹敏夫の祭祀を含む)主宰者の地位に就いた。

2 しかるに、原告はこれを争つている。

よつて、被告らは原告に対し、亡植竹敏夫及びその祖先の祭祀主宰者が被告信次郎であることを確認するとの判決を求める。

二  請求原因に対する答弁

1 本案前の主張

被告らの反訴請求の趣旨のような地位の確定は、家庭裁判所の職分に属するものであつて、反訴請求は、不適法である。

2 認否

(一) 請求原因1の事実中、原告が植竹敏夫死亡の際、葬儀の喪主となり、その後も祭祀主宰者としての責任を果たしてきたこと及び姻族関係終了の意思表示をしたことは認めるが、その余は否認する。原告は、植竹敏夫の遺志に基づき、同人が有していた祖先の祭祀主宰者たる地位を祭祀財産とともに承継し、かつ同人の祭祀を行う権利を原始的に取得した。原告が姻族関係終了の意思表示をすることによつて、右の祭祀主宰者たる地位が当然に失われるということはあり得ないし、原告が、祭祀主宰者を被告信次郎とするに合意したこともない。もし植竹家の墳墓に対する支配権を原告以外の者にするというのであれば、その第一順位を与えられるべき者は、被告信次郎ではなく、植竹敏夫の嫡出の子である井澤綾子であるのに、同女が右の協議に関与したこともない。

(二) 原告が、被告信次郎が祭祀主宰者であることを争つていることは認める。もつとも、原告の本訴請求は、植竹敏夫以外の祖先の祭祀主宰者たる地位に基づくものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一本訴について

一本訴請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。

二植竹敏夫死亡にともなう祭祀主宰者及び同人の焼骨の所有権(本訴請求原因3)について考える。

1 そもそも、被相続人の遺骸ないしこれを火葬した焼骨の所有権は、被相続人に属していた財産ではないから、相続財産を構成するものではなく、被相続人との身分関係が最も近い者の中で、その喪主となつた者に当然に帰属するものと解すべきである。これを本件の場合について見るに、原告が喪主となつたこと自体は争いがなく、〈証拠〉によると、昭和四九年八月二三日に死亡した植竹敏夫の葬儀は、妻である原告が喪主となつて執り行い、植竹敏夫の遺骸を火葬した焼骨を行安寺の墓地にある植竹家之墓に収蔵したものであつて、このことについては、親族の間において何らの異論もなかつたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、植竹敏夫の遺骸を火葬した焼骨の所有権は、、喪主である原告に当然に帰属したものというべきである。

2  次に植竹家の祭祀主宰者について見るに、民法第八九七条の規定は、祖先の祭祀財産の承継については、共同相続の原則とは異なつた伝統的な習俗が存在していることを尊重し、祭祀財産を一般の相続財産から除外するとともに、その承継をめぐつて生起する紛争解決法の最終的な保障として定められたものであつて、関係当事者の合意によつてその承継者を定めることを排除した趣旨とは解されない。

本件の場合、〈証拠〉によると、植竹敏夫は、ゴルフ場で競技中急死したもので(亨年五一歳)、同人が祭祀主宰者の承継者をあらかじめ指定していたとの証拠はないし、準拠すべき習慣がいかなるものであるかを認めるに足りる的確な証拠もない。しかしながら、右の各証拠のほか、分離前の被告行安寺が提出した答弁書の記載によると、原告は、焼骨を行安寺にある植竹家之墓に収蔵し、その後も従来どおり、江戸川区西小岩一丁目の住居に植竹敏夫の母・被告つたとともに生活していたこと、右住居には祖先の位牌を納めた仏壇があつたが、植竹敏夫の死亡後原告が新たに仏壇を買い求め、祖先の位牌とともに植竹敏夫の位牌を納め、礼拝をしてきたこと、行安寺との関係においては、植竹家之墓の施主名義は原告と変更され、以後植竹敏夫の一周忌・三回忌、七回忌その他盆などの法事においては、原告が施主となつて、お布施や供花・塔婆等を準備し、法事を主宰していたこと、このことについては親族間において何らの異論もなく、この状態は少なくとも昭和五七年六月に姻族関係終了の意思表示がなされるまで継続していたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。右の事実によれば、植竹敏夫亡き後の植竹家の祖先の祭祀主宰者を原告に承継させるとの、関係者の黙示の合意があったものと認めるのが相当である。

3 してみると、原告は、植竹敏夫の死亡にともない、植竹敏夫の焼骨の所有権を原始的に取得するとともに、植竹家祖先の祭祀主宰者たる地位を承継したことになる。

三原告は、東京都葛飾区西水元六丁目一四番一八号所在の法林寺に植竹敏夫の墳墓を新たに建立し、その焼骨を改葬する計画を立てていることは、後記のとおりであり、被告らがこれを拒絶していることは弁論の全趣旨に照らし明らかである。

四抗弁について考える。

1 被告らは、原告が昭和五七年六月一六日姻族関係終了の意思表示をしたことにより、原告は祭祀主宰者たる地位を喪失し、よつて焼骨に対する権利も失つた旨主張する。

そこで考えるに、原告が昭和五七年六月一六日姻族関係終了の意思表示をしたことは当事者間に争いがないが、民法第七五一条第二項によつて準用される同法第七六九条の規定によれば、婚家先の祭祀財産を承継した生存配偶者が姻族関係終了の意思表示をした場合、協議により祭祀財産を承継すべき者を定めるべく、協議が調わず又はできないときは、家庭裁判所がこれを定めることとされているのであつて、右の協議又は家庭裁判所の審判は形成的なものと考えられるから、生存配偶者が姻族関係終了の意思表示をしたからといつて、当然に祭祀主宰者の地位を喪失するものではないというべきである。

2  次に、被告らは、関係者全員の黙示の合意により被告信次郎が祭祀主宰者の地位に就き、よつて植竹敏夫の焼骨についての権利も承継したと主張するので検討するに、〈証拠〉によると、次の事実が認められる。

(一) 植竹敏夫と原告との嫡出の子・綾子は、昭和五四年五月二八日井澤信行と婚姻し、夫の氏を称した。

(二) 原告と被告つたとの間には、様々な葛藤があつた末、昭和五七年四月ころ、原告から被告勉を介して、兄弟の誰かに母を引き取つてもらいたいとの申出があり、同年六月一六日姻族関係終了の意思表示がなされた。そして間もなく同年六月二六日ころ、被告つたは、江戸川区西小岩一丁目の自宅を出て、被告和子方に身を寄せ、以来現在に至るまで同被告の下で暮らしている。

(三) 原告は、昭和五七年九月ころ行安寺に対し、祖先の施主を交替したいとの申出をし、行安寺の助言により、被告信次郎が行安寺の墓地にある植竹家之墓の施主となる旨の届出をした。以来、行安寺との関係では、被告信次郎が植竹家の法事を主宰している。このような被告信次郎が施主となつて祭事を行うことについては、被告らの間には異論はない。

(四) 昭和五八年一月ころ、原告は行安寺に対し、前記原告方の仏壇に納めてある三体の位牌のうち、植竹敏夫の位牌以外の二体を預つてもらえないかとの意向を伝えたが、寺の方ではこれを断つた。結局、被告信次郎が仏壇を引き取ることになり、昭和五九年四月三〇日ころ、被告信次郎と被告勉が原告方に赴き、原告は、井澤綾子夫婦立ち会いのうえ、植竹敏夫の位牌を除く祖先の位牌と仏壇を譲渡する趣旨で被告信次郎に引き渡した。その後原告は、新たに仏壇を購入し、これに植竹敏夫の位牌を納め、祀つている。

(五) 原告は、東京都葛飾区西水元六丁目一四番一八号所在の法林寺に植竹敏夫の墳墓を新たに建立し、その焼骨を改葬する計画を立て、行安寺に対し、改葬の承認を求める旨の書面を提出したが、原告が改葬の対象としている死亡者は植竹敏夫のみであつて、植竹寒重などの祖先は含まれていない。

以上のとおり認められ、〈証拠判断省略〉他に右の認定を左右する証拠はない。

右の事実を総合すれば、遅くとも原告が植竹敏夫の位牌を除く祖先の位牌と仏壇を被告信次郎に引き渡したころには、井澤綾子を含む関係者全員の間で、祖先の祭祀財産を承継すべき者を被告信次郎と定める旨の協議が成立したものと認めるのが相当であるが、右のとおり承継される祭祀財産の中に植竹敏夫の焼骨及び位牌が含まれていたとは到底認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。してみると、被告信次郎が祭祀主宰者の地位に就いたことにより、植竹敏夫の焼骨の権利も承継したとの被告等の抗弁は理由がない。

3 右の判断によると、植竹家祖先の祭祀主宰者と植竹敏夫の祭祀を主宰する者とが分裂することになるが、もともと、植竹敏夫の焼骨及び位牌は、原告が婚家から承継したものではないのであるから、姻族関係の終了により、このような事態になるのもまたやむを得ないところである。

五よつて、原告は、植竹敏夫の焼骨の所有権者としての権能に基づき、これを改葬することができるものというべく、被告らは原告が植竹敏夫の焼骨を引き取り、改葬するのを防害してはならないものというべきである。

第二反訴について

一原告は、反訴請求は、家庭裁判所の職分に属する事項を求めるもので、不適法であると主張する。しかしながら、被告らの反訴請求は、裁判所に対し、祭祀主宰者たる地位を形成的に定めることを求めているのではなく、当事者の協議によってすでに定まつている法律上の地位の確認を求めているのであるから、原告の右主張は理由がない。

二そこで本案について判断するに、関係者全員の間で、祖先の祭祀財産を承継すべき者を被告信次郎と定める旨の黙示の協議が成立したものと認められるが、その中に植竹敏夫の焼骨及び位牌が含まれていたとはいえないことは、前段の四で示したとおりである。

してみると、被告信次郎は、植竹家祖先の祭祀主宰者たる地位にあるが、植竹敏夫の祭祀の主宰者でもあるとする被告らの主張は理由がないものというべきである。

三これに対し、原告が、被告信次郎が植竹敏夫のみならず、植竹家祖先の祭祀主宰者たる地位にあることまで争つていることは、弁論の全趣旨に照らし明らかである。

第三結論

以上の認定判断によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容し、また、被告らの反訴請求は、被告信次郎が植竹敏夫を除く植竹家祖先の祭祀主宰者たる地位にあることの確認を求める限度においては理由があるから認容するが、植竹敏夫の祭祀主宰者であることの確認を求める部分は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官原 健三郎)

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